テイラー・プリズム:大英博物館の六面楔形文字センナケリブ編年
紀元前691年、ニネヴェの書記官が長いアッシリア文を湿った粘土に面ごと押し込み、六面のプリズムにした。それは命じた王より長く残るための器だった。現存するこの物体は法典碑でも界石でもなく、後のペルシャの書記官がバビロンのために刻む Cyrus Cylinder でもない。基礎記録である。平面に楔形文字が並ぶ焼成粘土の柱だ。アッシリア王はこうしたプリズムで遠征、貢物、宮殿建設を一つの声にまとめ、新しい翼の下に埋め、建物が立てば再び読めるようにした。冒頭を読み終える頃には形が分かる。多面の粘土文書、アッカド語楔形文字、各面に同じ王室叙事が繰り返される。
六面の粘土と楔形の線
楔形文字プリズムは、複数の平面それぞれに楔形文字の行を負う固体粘土である。書記官は粘土が軟らかいうち葦の stylus で書き、焼成して楔形を固定した。プリズムは、複写用の巻き面を持つ cylinder とも、kudurru 界石の法条と神々の記号とも異なる。Hammurabi 法典の閃緑岩板や、アケメネス朝バビロンの桶形 Cyrus Cylinder とも違う。アッシリア王のプリズムは、遠征と建築の檔案を小型化したものだ。数千の符号を載せる高さ、基礎 deposit に立つ角張り。
大英博物館の Taylor Prism は六面、六つの面を持つ。館蔵目録は各面の铭文行数を 82 + 83 + 82 + 80 + 85 + 75 と示し、annals の密度がうかがえる。高さ 38.10 センチ、各面の幅は約 8.57 センチ。材料は tablet と同じ普通の粘土だが、プリズムの形は一封の書簡や領収より、永続と公開的王権を示す。
ネビ・ユヌスの基礎から王室 annals へ
王のプリズムは新アッシリア期のもので、ニネヴェが首都だった時代、センナケリブのように紀元前705年頃から681年頃まで治めた王たちに属する。アッシリアの書記官は以前から粘土円筒と板に編年記を書いた。プリズムは王の記録された事績の最終版式の一つである。宮殿や武器庫の再建時に基礎へ埋められ、王の言葉が文字通り新しい壁を支えた。
Taylor Prism は、古代ニネヴェの上の tell、イラク北部の Nebi Yunus で見つかったとされる。バグダッドの英国領事 R. Taylor 大佐が1830年に購入した。彼の死後、1855年に Sir Henry Creswicke Rawlinson 経由で未亡人から大英博物館が買い取った。楔形文字解読の初期に入藏したため、後世の紙写しではなく原刻の楔形で読める最初の長いアッカド語テキストの一つとなった。
建築記録へ押し込まれた遠征リスト
アッシリアのプリズムは、現代読者がしばしば分ける二つの役割を兼ねる。前半は軍事遠征、包囲、強制移住、属国の貢物。後半は建設へ移る。宮殿、武器庫、城壁、ニネヴェの庭園を潤す運河。Taylor Prism では遠征リストがセンナケリブの対バビロン最後の戦いの始まりまで続き、そこから建築へ転じる。この構成は、アッシリア王が征服者と建設者を一続きの叙事で記憶されたいと望んだことを示す。
プリズムは第一人称でセンナケリブを名指し、役人と敵を名前で記す。levant 条目の中に、館目録によれば紀元前701年のユダ王 Hezekiah から受け取った貢物の記述がある。World History Encyclopedia のセンナケリブ統治概説は、王自身の铭文がその年の反乱でユダから重い貢物を挙げる一方、聖書はエルサレムの運命を異なる物語で語ると指摘する。プリズムは粘土上のアッシリア王室宣伝であり、中立な法廷記録でも、後のヘブライ叙事の各細部を自動的に裏付けるものでもない。
六面プリズムが cylinder 版を置き換えたとき
センナケリブの編年記は複数の物理形態で残る。初期円筒と断片は遠征の一部を記す。アッシリア王のプリズムは基礎副本として大規模建築と共に埋められ、王の言葉が新しい壁を支えた。
館記録の製作年代は紀元前691年、eponym 年 Bel-erumanni に結び付く。同伝統の他のプリズムも同期に刻まれ、文献学者が文言を行ごとに比較できる。一面が欠ければ、姉妹副本が楔形を補う。
55号室で今も見られる Taylor Prism
大英博物館は館蔵番号 91032、登録 1855,1003.1、Taylor Prism と Sennacherib Prism の両名、Library of Ashurbanipal 系列に分類する。学芸員コメントは1855年入藏以来ほぼ常設展示であると記す。現在第55室 Mesopotamia 1500-539 BC、展示ケース3。来館者が見るのは、ヴィクトリア朝学者が聖書考古学ハンドブックに載せた同じ六面粘土であり、現代の複製ではない。
铭文自体がセンナケリブと Hezekiah を名指し、catalog 時にニネヴェの档案が理解された仕方で後の Ashurbanipal 図書伝統と結ばれる。状態記録は1960年代の再焼成と保存処理に触れるが、楔形は読め、六面配置は書記官が遠征と建築報告をどう分けたかを今も示す。
副本が一致する点と省略する点
この時期のアッシリア編年記は複数の物理副本として残る。遠征順序と王の誇張口調は大きく一致するが、各欄が語句まで同一ではない。アッシリア書記官は新たな戦争の終わりに版を更新した。副本間の小さな差異は工房慣行を反映し、偶然誤りではない。
省略も収録と同様に物語る。Taylor 文本は最後のバビロン戦前で止まり、センナケリブ晩年のすべての公式遠征を載せない。どのプリズムも発掘報告やバビロン chronicle の代わりにはならない。王が選んだ公開記憶を示す。史家はアッシリア铭文の人口数字と包囲主張をどれほど字面通り読むか今も議論する。確かな核心は物質的だ。ニネヴェ由来、日付と名称付き、阿卡德楔形、建物を王室の言葉に結ぶために埋められた粘土である。
シーンでの使い方
楔形プリズムは手持ち巻物ではなく、神殿や宮殿の档案として読める。台座や棚に直立させ、楔形面を斜光が走るよう上に余白を取り、尺度はポケット tablet より前腕長の柱に近づける。 Mesopotamian Temple Relics パックには、書記室と王室基礎 deposit 向けの様式化六面プリズムが含まれる。