Tepetlacalli:メシカ神殿の供物を納める石の箱
Tepetlacalli は、メキシコ中央部のメシカ(アステカ)人が作った蓋付きの石箱である。ナワトル語の tetl(石)と、家で美しい羽飾りや宝石、綿衣を保管する棕櫚繊維の petlacalli を合わせた名称である。神殿や宮殿では同じ考え方が玄武岩や安山岩に刻まれ、あまりに貴重で露わにできない物の恒久的な容器となった。現代の目録で太鼓と呼ばれることもあるが、tepetlacalli は楽器ではない。横置きの裂縫太鼓が teponaztli、縦の桶太鼓が huehuetl である。
石、petlacalli、そして久しく残す箱
日常の petlacalli は蓋付きの長方形かごで、軽くても家宝を守るのに足りた。石工はその形を、しばしば40センチメートル未満の短い四つの足と別蓋を持つコンパクトな箱に写した。外壁と蓋の内面に浮彫が施される。暦の記号、神、耳を刺して血を流す統治者、羽蛇、底面の大地の怪 Tlaltecuhtli などである。灰緑色の火山岩が一般的で、出土品では彩色が残ることは稀だ。
植民地時代の辞書はすでに tepetlacalli を石箱や石棺と訳している。後のキリスト教ナワトル文献ではキリストの墓にもこの語が当てられ、征服後も密封された聖域として読まれていたことがわかる。
家の収納からピラミッドの埋蔵へ
後古典期の後期(おおよそ14世紀から16世紀初頭)までに、彫刻石箱はメシカ儀式生活の最上位に属した。統治者は即位、神殿の奉献、五十二年暦の周期に結びつく宇宙の出来事を記すために注文した。一部は亡くなった貴族の灰を納めた可能性があり、有名な例には長くその説が付いてきたが、考古学者は今や供物の埋葬を少なくとも同じくらい重視する。
テノチティトランの大神庙(Templo Mayor)、ウィツィロポチトリとトラロックの双子神殿では、発掘者が台座や階段の下の意図的な層から tepetlacalli を回収してきた。新しい建設段階ごとに、より古い供物がピラミッド内に封じられ、神殿は石や貝、玉石、彫刻の層状アーカイブとなった。
供物、血の道具、古い文化の遺物
メシカの祭司や統治者は tepetlacalli を儀式用の金庫として使った。発掘報告や植民地文献に名のある内容には、緑石の珠、湾岸や太平洋岸から数百キロ運ばれた海貝、黒曜石の刃、小さな彫像、供物用の束ね物がある。いくつかの穴蔵には、グエレロで数世紀前に刻まれたメスカラ様式の小人像が含まれ、深い過去の遺物として再聖別された。
血を流す道具の可能性も繰り返し指摘される。豪華な箱の浮彫には、骨や黒曜石の刀で耳や舌を刺す統治者が描かれ、一部の学者は注文された箱がその道具自体を収めたと考える。灰、貝、祭司の用具のいずれだったかは、蓋が空になった後はしばしば証明できないが、この器種は明らかに献祭と供物の循環に属し、日常の収納ではない。
浮彫が箱を宇宙誌に変える仕組み
素朴な貯蔵壺と違い、主要な tepetlacalli は物語の物体だった。彫刻師は四面と蓋に神と日付の記号を巡らせ、蓋を開くことで天・地・冥界の移動を再演した。蓋の羽蛇と台座の Tlaltecuhtli が対になり、内部が小宇宙となる。暦の日付は二百六十日の儀式暦や三百六十五日の太陽暦の名付けられた日に制作を固定し、政治的事件を神聖な時間に固定した。
各プログラムをどこまで字義通り読むかは歴史家の間で意見が分かれる。単一の統治者の誕生や神殿奉献を記した箱もあれば、水道などのインフラを祝うものもある。石の形そのものは、洞窟・墓・宝物庫の比喩と広く見なされている。
大英博物館のアウィツォトルの破片
大英博物館 は、学術上統治者アウィツォトル(在位1486〜1502年)と結びつけられる著名な tepetlacalli の破片 Am1982,Q.860 を所蔵する。安山岩の破片は高さ約23センチ、幅34センチ、奥行18センチである。一面には雨の神トラロックが壺から水とトウモロコシを注ぐ。裏面には ahuitzotl、神話の水獣でありアウィツォトルの名前記号でもある。
合わせの蓋は別の ahuitzotl と暦の記号が刻まれ、ベルリン民族学博物館に所蔵される。研究者は両者を一つの箱とみなす。外側のトラロックと、蓋を開けたとき見える内側の ahuitzotl 名記号が対になっている。ロンドンの破片は2009年の大英博物館モクテスマ展に出展されたが、ベルリンの蓋はドイツに残った。破片はメキシコギャラリーに展示されている。
発掘で残るものと、いまも争われること
世界中の博物館に数十の tepetlacalli が知られ、ほぼ半分に読める日付がある。大神庙プロジェクトの発掘は今も例を増やしており、15世紀半ばのモクテスマ I の治世の小人像・珊瑚・珠を詰めた石箱も含まれる。ヨーロッパの空の箱は、発掘前に内容を失ったか、もともと腐りやすい供物を入れなかったかのどちらかだ。
王族の火化灰を納めたのか、純粋な奉献埋葬かは議論が続く。20世紀初頭の報道は統治者の灰の壺を想像したが、その後の研究はトラロックと豊穣の象徴への構造化された供物を強調する。近代考古学以前に買い上げられた作品は出所が欠け、特定の儀式との結びつけも限られる。出土地のない tepetlacalli は石工の傑作のままだが、神殿の層から持ち上げられたものは、メシカが石の中に記憶を封じた証拠である。
In your scene
神殿の台座や祭司王の部屋に置かれた tepetlacalli は、密封された儀式の富を示す。散らかった物ではなく、隔てられた聖物だ。火盆や黒曜石の鏡、穴蔵の供物のそばに置けば、市場の取引ではなく埋葬儀礼の雰囲気になる。Wildform の Aztec Temple Relics パックには、ピラミッドの前室や供物ニッチ向けの彫刻石箱が含まれる。